CTO日記に書いた、
「実力主義・能力主義」が (思いの外 ;) 多くの方々に読んで頂けているようだ。
私がこだわっていることから 3つ紹介しているのであるが、
ほとんどのかたが、「技術者の上司は技術者であるべきです」に
注目しているのが興味深い。
勤務時間の10%以内であれば上司の許可を得ずに何をやってもいいという「どぶろく制度」
よりも上司が技術者であることのほうが関心が高い、というのは
現在の上司が理解がないと感じている人が多い、
ということを反映しているのだろう。
上司に自分の能力を正しく評価して欲しい、と 思うのは技術者として自然な感覚だとは思うのだが、 注意すべき点が二つほどあるように思う。
一つめは、視野狭窄に陥らないという点。
もう一つは、
現実問題としては、上司が技術者でない人が存在する、という点。
まず一つめの点であるが、 「上司に自分の能力を正しく評価して欲しい」と思うとき、 上司と自分との関係しか見ておらず、 しかもそれは自分からの視点のみであって、 相手がどう思っているかという視点が欠けているのではないか? 会社という運命共同体の中で自分がどのような位置にあり、 自分としてはどのような役割を果たすのか明確になっているだろうか? また、 上司はどのような考えで自分を評価しているのか、 その評価にはどのくらい妥当性があるのだろうか? そういう視点からみたとき、 見え方が変わってこないか自省すべきだろう。
もう一つの点、上司が技術者でない人の存在について考えてみる。 まっさきに CTO が思い浮かぶ。 確かに CTO の上司は社長であり、多くの会社で社長は技術者ではない。 しかし、よほど小さい会社でもない限り、 CTO 以外にも上司が技術者でない人は沢山いる。 そのような人達は、技術者以外の視点も持って、 上司や職位が同じレベルの他部門の人達と調整を行なわなければならない。 そういう調整能力と、部下を正しく評価し育成できる能力と、 両方兼ね備えた人材が豊富にいるのであれば問題無いが、 一般的にはかなり困難だろう。
だから、そういうポジションに技術者を登用する場合に、 調整能力を重視するのか、部下の育成能力を重視するのか、 考えなければならない。 この育成能力というのは、技術が分かっていることとはまた 別の次元だったりするので、さらに話は難しい。
[技術者の上司は技術者であるべきです]
会社の経営においては、上司が技術者であること以上に、
商売上手でないと、組織全体が不幸になる可能性はあります。
自分の仕事の技術者の視点からみて厳しい意見を言われる
のと、プロジェクト全体の収益性という経営的な視点から
プレッシャーを掛けられるのとでは、人それぞれに受け取り方が
違うでしょうが、後者の視点が
小さな企業にとっては
より重要な問題であることに
理解が及ばなければ到底、
一人前の技術者以前にプロと
して自立し得ない時代です。
理想的な上司を求めるのは、自分に無いものを他に求める
ようなものです。
Comment by hikosaka — 2006年5月12日 @ 12:34
コメント頂きありがとうございます。おっしゃる論点が分かりにくいのですが、「プロ」および「自立」というのはどのような意味で使われていますでしょうか?
技術者に、技術も収益も求め、それに答えることができないのなら一人前以下、とおっしゃっているようにも聞こえてしまい、少々御社(?)の技術者の方々が可哀相に思えてきてしまったのですが…
技術者でない人には収益性だけを求めているのに、技術者には収益性と技術の両方を求めているわけですよね?
理想的な上司を求める部下を批判する前に、まず自身がどのような理想的な上司になろうとしているか反省したいと私は思っています。
Comment by 仙石浩明 — 2006年5月12日 @ 13:14